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被災地支援タイトル

東日本大震災を通してシェアハウスができること

2011年3月11日、東日本大震災があった時、私は渋谷区初台にあるシェアハウス「にこばるハウス」に向かうため、半蔵門線に乗車していました。
この日は夕方にイタリア人が見学に来ることになっていて、夜は大家さんも交えてパーティをする予定でした。
もう少しで表参道の駅に着くころ、電車が急ブレーキで止まり「現在、首都圏で大きな地震が発生しています」というアナウンスの後、信じられないくらいの横揺れが襲ってきました。 その時は「ついに首都圏直下の地震か!?」としか思えませんでした。地下鉄はしばらく停止していたものの、非常に遅いスピードで駅に到着。皆、逃げるように電車から降りました。
やっと地上に出た後(余震が続く中で皆が車に轢かれる危険を顧みず道路に飛び出していたのが印象的)携帯電話でインターネットを見ると「東北で大きな地震があった」という情報が。
震災直後の渋谷震災直後の渋谷震災直後の渋谷
(↑地震直後の渋谷)
私の実家は宮城県石巻市です。私は高校までずっとそこで暮らしていました。 親や親戚、友人に電話しても全く繋がりません。 どうすることもできないまま、とりあえず歩いて「にこばるハウス」に向かう途中、ワンセグでTVの情報を見たときの絶望感は言葉では言い表せません。。 私が知っている故郷が津波にズタズタにされている映像でした。
3月下旬の石巻
(↑3月下旬に帰省した時の石巻。実家から10分くらいのところの南浜町)
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「にこばるハウス」では、その日休みだった住人も、帰宅してきた住人も、シェアハウスのスタッフもほぼ夜通しで共同リビングのTVの前に噛り付いていました。 夜に長野でも大きな揺れがあった時には「もう日本がお終いなのかもしれない」という話にもなりました。 結局、私の親からは深夜0時過ぎに「生きてる ざんねん かいめつ」というメールが届き、とりあえずの無事は確認できたのですが、それ以外の情報が全く入ってこないまま、朝を迎えました。
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あの日の夜、「にこばるハウス」の一人の住人が「シェアハウスで皆と居て良かったぁ。これ、一人暮らしだったら不安過ぎたよ」と何気なく呟くと、他の住人も一斉にそれに賛同しました。こういう会話は他のハウスでも行われたらしいし、次の日に安全チェックのため、全ハウスを周った時に直接言われもしました。 この時、私は「シェアハウスを運営して間違っていなかった」と強く実感しました。
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「忘れられるのが一番つらい」 私の石巻の友人の言葉です。 震災から月日が経つにつれて、直接、関連性がない人たちにとっては、「過去の出来事」になりつつあります。 ゲストハウスこよみ屋ではこれまでも義援金などの支援を行ってきました。 ただし、本当の復興のためにはこれからもずっと継続的な支援が必要だと考えています。 何か大きなことができるわけではありませんが、まずは上京してくる被災地の方々の負担を少しでも減らすため、お家賃のディスカウントをさせていただきます。
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2012年以降、被災地から上京してくる入居者の方の毎月のお家賃から5000~10000円をディスカウントします。
ディスカウントの額、有効期間、条件などは各ハウスによって違います。
また、罹災証明書、被災証明書の提示をしていただきます。ただし、それ以外でもヒアリングをさせていただき、同様のディスカウントをさせていただく場合もありますので、まずはお問い合わせ下さい。
※シェアハウスは共同生活が基本ですので、入居審査に関しましては通常と同じ基準で行わせていただきます。